■徒然〜想い出の断片■

 

■香港・スターフェリー


3年程、香港に行っていない。
返還の年までに、5回程、毎年続けて行っていたのだが、1997年の返還の年に、なんだか行きそびれてしまって、その後、1998年の年末になって一度行った。
それ以来行っていないから、今年行かなければ4年以上行かない事になる。
1998年の時に、お店が減っているな、と思ったのを覚えている。あれから、どうなっているだろう、香港。
私があの街に惹かれたのは、あの街が‘100年間だけの存在を赦された歴史の徒花’であり、‘何処でも無い、何時でも無い’街、だったから、のような気がする。
しかし、その限られた命を使い切り、押し寄せる‘現実’の歴史の波に飲み込まれたかに見えたあの街は、1998年、返還の翌年には、まだ‘生き長らえて’いた。
無性にあの街に逢いたい。
香港を思う時、最初に思い出すのはいつも、スターフェリーからの眺めだ。
大陸に繋がる「九龍」サイドと、島部の「香港島」サイドを繋ぐ交通機関は3つある。
1つは、海底トンネル、これは車での場合。タクシーでも使わない限りお世話になる事は少ない。
2つ目は、地下鉄。これが最も良く利用される手段かも知れない。急ぐ時にはこれに限る。
そして、3つ目が、スター・フェリー(天星小輪)。
香港にはほとんどエア&ホテルのフリーツアーで行くので、決められた時間割りが無いから急ぐ事も無い。スター・フェリーは、のんびり旅行者にはうってつけの、小さな海の旅。
客室は1等と2等があって、観光客はほとんど1等を利用するようです。私もいつも1等を利用。
なぜなら1等の待ち合い室にはトイレとお土産物売り場が有るから。香港でのトイレの確保はなかなかに死活問題になったりするのですよ。
スターフェリーで香港島に渡る時ってのはほとんどが‘スターフェリーに乗る’のが目的なんで、いつも航路は「尖沙咀〜湾仔」を選ぶ。
夕方、暮れ始める前に、尖沙咀の埠頭から乗る。少しだけ悲哀を含んだ夕暮れが、香港という‘未来を持たない’街の色を際立たせるような気がして、海面から直接林立するように見える超近代的高層ビル群がなんとなく儚く見えたりする。
湾仔に着いてから今度は日が落ちるのを待ち、また折り返しコースのフェリーに乗る。100万ドル、と呼ばれるこの街の夜景を、最も堪能出来るのが、このコースのフェリーだと私は思う。夕暮れに儚く見えたあのビル群が、突然にその命を輝かせ始める。一度、霧雨の降る中、フェリーに乗ってこの景色を眺めた事があるが、ビルの屋上の証明器具にかかった雨が熱で蒸発して水蒸気となり、ビル群の上層部がまるでSF映画の近未来の都市のように、靄と光に覆われていて、いたく感動した覚えがある。
ほとんど買い物をしない私たちは、香港ではもっぱら、街歩きと、食い倒れ、を楽しむ事になるのだが、その第一歩はいつもこのスター・フェリーから始まる。
ああ、書いているうちに無性に乗りたくなってきた。行こうかなあ、香港…

◆◇◆

■香港・ピークトラム


香港で、スターフェリーの他にもう一つ必ず乗るもの。
それが、ピークトラム。
1888年開業と言うから、もう100年以上も現役を続けている!しかも無事故ですって!なんて偉い!
ピークトラムは、ビクトリアピークに登る登山電車、ケーブルカーです。最高勾配は40度近く、線路のその部分に差し掛かると、後ろに向かって落ちるんじゃないかしら〜と思ってドキドキします。高層ビルの景色が横になって見えて(自分が横になってるんですけどね)とっても妙な気分になります。
今はオートメーション化されてコンピューター制御なんですって。車両も綺麗になっちゃいました。
コースは、山麓駅から山頂駅までの1.4km、時間は8分だそうです。思ったより短いわ。もっとかかってるかと思った。
運行は朝7時から深夜0時まで、さすが不夜城香港です。チケットは片道と往復とありますが、私はいつも往復を購入します。なぜなら、私の場合、ピークトラムに乗るのが目的なので、ビクトリア山自体には長居をしないのと、他の交通手段を使うつもりがからです(汗)。何度も行ったけど、未だに、ビクトリアピークの山頂自体には登ったことが無いの〜。
香港での滞在は、たいてい九龍半島側のホテルに宿泊するので、スターフェリーで尖沙咀から中環へ渡って、そこからピークトラムの山麓駅を目指します。
お休みの日にはフィリピーナのメイドさんたちの憩いの場所になる皇后像広場を横切って、蟹みたいな外観の香港上海銀行のビルの1Fの通り抜け通路を抜けて、ちょっと狭くてわかりにくいバッテリーパスの坂道を上がって、セントジョーンズ教会の横を通って、大きな坂になってる道路にでると、目の前にピークトラムの駅が見えます。この坂道の道路、車が凄い勢いで‘飛んで’くるので、横断には気をつけて下さい。こわいよう。
往復のチケットを買って、駅で待つことしばし。15分ごとくらいに、電車はやって来ます。さて、乗り込んだピークトラムでゴトゴトと山頂駅まで登ります。本当のビクトリア山の山頂は、ここから更に15分ほど登らないといけないのですが…私たちはさっさと駅を出て左手に、そう、山頂に向かう道とは反対側に折れてしまいます。ほんのちょっと歩いたところに、ライオンタワーという、見晴し台があるのです。目指すのはここ。ここからでも、香港島と九龍半島の景色が眼下に見下ろせます。多分、山頂からのほうが見晴しはいいんでしょうけど、私はここでも充分満足なのだ〜。スリが多いので気をつけて下さい。余りにも‘モロ’なスリを見かけたことがあります。嘘でしょ?って言うくらい堂々と私たちの目の前で、ポケットから財布をスリ取って行っちゃいました。ボーゼンとしちゃいました。
ライオンタワーでしばらく下界を眺め、満足したら、駅前の新しいショッピングセンター、ピークギャレリアでお土産を物色したり、憧れのピークカフェでお茶したりして、ミーハーに時間を潰してみたり。
そして、帰りのピークトラムに乗り込むのです。帰路は、後ろ向きに乗ります。後ろに向かって下りて行くの。最初はちょっと緊張しました。なんか、往路よりコワイよ〜。今ではもう慣れちゃって、あのスリルが懐かしー、などと悶えておりますが。
ピークトラム、香港観光のお勧めですよ〜!

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■スペイン・コロニア・グエル教会


スペイン南部を巡るツアー旅行に参加したときのことです。最終地のバルセロナでの自由時間に、「コロニア・グエル教会」に行ってみました。
バルセロナ市内のガウディ建築は、ツアーの観光で訪れたので、自由時間にはちょっと遠出をしてみよう、と思って。
「コロニア・グエル教会」は、バルセロナの郊外、カタルーニャ鉄道の駅で言えば「Santa Coloma de Cervello」にあります。
この街は、工業コロニーとして、街全体が計画的に設計・建築されたのだそうです。その中の、教会堂が、ガウディの手になる「コロニア・グエル教会」です。しかし、実はここも未完のままなのです…。

ツアーから開放されての自由時間。私たち3人(主人と友人と私)は、宿泊していたバルセロナのホテル・コロンの玄関前で、何台ものタクシーの運転手さんに、「コロニア・グエル教会」を示すガイドブックのページを差し出しては、「コロニア・グエル!」と叫ぶことを繰り返していました。
ほとんどの運転手さんが、「コロニア・グエル」というと、黙って首を横にふるのです。知らないの?それとも、遠いから行きたくないのかしら?でも、「コロニア・グエル」についてあまり詳しいことを知らない私たちは、鉄道の駅から教会までの道も知りません。タクシーだけが便りなのよ、お願い、運転手さん!
私たちの願いが通じたのか、何人目かの運転手さんが、やっと、OK、乗れ、と手で合図してくれました!
喜び勇んで乗ったものの、この運転手さん、発車しながら、「パルケ・デ・グエル(グエル公園)?」と聞いてくる。
ちっがーーーう、「コロニア・グエル!」と、3人で大合唱。「OK、OK」と運転手さん。ところがまたしばらく走ったところで「カサ・デ・グエル(グエル邸)?」だから違うってば!「コ・ロ・ニ・ア・グ・エ・ル!」
運転手さん、振り向いてじーっとガイドブックを見る。だからー、最初ッから言ってるじゃないかあ〜。やっと納得した運転手さん、遠いけどいいか?とかなんとか言ってる。いいよ!もちろん!連れていて下さい!
やっとバルセロナ市街を抜け出したタクシーは凄いスピードで郊外の道路をスッ飛ばす。スペインの若い運転手さんって、スピード狂多いのかしら、セヴィリアでも「お願いだから前見て運転してぇ!」っていう若い運転手さんのタクシーに乗っちゃったことあったなあ。
とにかく駅の近くまで来た我々。ところが、幹線道路から、街への入り口が一向に見つからないのです。
運転手さんは、ここに入ればすぐだから、とか言うようなことを言ってました。運転手さん、道行く人に聞くこと数回。やっと車は、コロニーの中に乗り入れたのです。
街全体が同じ設計計画で出来ていると言うのが、なんとなく感じられます、だって、工場さえも、無味乾燥なデザインじゃなくて、あの有機的なデザインを取り入れているようなのです。住宅の幾つかは、ガウディ自身の手になるものではありませんが、弟子、といっていいのかしら、同じデザイン工房の作品だそうです。たしかに、それっぽい。
そして、とうとう、「コロニア・グエル教会」の前に、車は到着。思わず、3人で拍手しちゃいました。
運転手さんは、すぐ横に、駅があるから、と、身ぶり手ぶりを交えて説明してくれると、帰って行きました。いい人でよかった。
「コロニア・グエル教会」。地面の中から、生え出して来たような、カタツムリの殻のような、不思議なカタチ。
ぐるっと廻ってみたけれど、教会、っていうイメージからは程遠い。高い尖塔もなければ、鐘楼もない。なぜなら、ここは未完のままなのだから。けれど、中に入ると、この教会がおそらくこの街の人にとってはかけがえのない空間なんだ、と言うことを感じられる。
教会の中は、外観からは想像もつかない、目くるめく幻想の世界だった。生き物の内部のような、森の中のような、有機的な質感。並んだ椅子までもが、有機的なデザイン。今、覚えているのは、ステンドグラスが、まるで大きな極彩色の蝶の羽のように迫って来たこと。おそらく私の中で増幅されたイメージなんだとはおもうけど、この「コロニア・グエル教会」のことを思い出すとき、真っ先に頭に浮かぶのは、巨大な輝く蝶の舞う、煉瓦造りの森、のイメージなのです。
(コロニア・グエル教会については、「ガウディファン倶楽部」さんに詳しい説明があります。)

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